エド&リーのブログ

別居中のアラフォーゴーストライターです。生き様もほぼゴーストです。結論の出ない話多めです。

深く潜れ

ここ数日眠りたいのに眠れなくて頭が働かず、でも数日経ったら書きたいことを忘れてしまいそうなので今日もここに備忘録として書き留めておく。

潜水と氷山

私が定期的に心理士(公認&臨床)さんのいるカウンセリングに通っていることはここにはもう何度も書いているが、先日もその心理士さんのところへ行ってきた。

先日は↑に書いているような過去のことではなく、最近起こっていることに対して自分がどう捉えているか、本当はどう思っているかといったことについて考えたのだが、その工程というか時間は、まさに深い海の底へ潜ろうとしているような感じである。

心理士さんは私の身体を海の底に沈むように海面から押そうとし、私もまたその力を借りて潜ろうとするのだが、浮力や波のうねりが邪魔をしてなかなか潜ることができない。そして深く潜ろうとすればするほど息が苦しくなってくるような感覚が私を襲うのだ。

よく、意識と無意識を表す図として氷山が描かれているが、実に的確な表現だなと思う。この時間を過ごすと、普段いかに自分というものが表層の部分で生きているかというのがわかるのだ。それと同時に、自分にもまだ見えていない無意識の部分の大きさに恐怖を覚える。

ちょっと何言ってるかわかんない先生

で、日中そんな時間を過ごし、夜にさて寝ようかとすると、日中「潜った」ことが思い出されて寝つきが悪かったりする。で、先日もそんな状態で朦朧としていたら、頭にある記号のような図のような、模様のような絵が浮かんだのだった。

「あぁ、これが抽象画なんだな」と、その時初めて理解できたような気がした。

というのも、私は大学生の時少しだけ絵を描いたからだ。私がいた学科は途中から自分の好きな分野の授業を選択できるようなシステムで、美術や映像、音楽などがあるのだが、私はほとんど美術とデザインの授業をとっていたと思う。なので、絵を描くのは学校とは別のところで描くことの方が多かったものの、美術史やデザイン概論のようなことは学校で勉強していて(勉強というかただ話を聞いていただけだが)、ゼミの先生も美術を教える先生だった。

(なんだか話がチグハグになっているが、眠れていないので許してほしい)

で、ゼミの先生は多分大学側の大人の事情でだと思うが、途中で私が慕っていた師匠的な先生からその弟子…ではないけど、なんとなくその先生の系譜を継ぐ先生に変わってしまったのだが、その師匠的な先生は当時抽象画を描いていた。

先生はいつもコーヒーを片手に煙草を吸っていて、授業中も煙草を吸っていた(しかも学生も授業中に一緒に吸っていいという謎のシステムだった)。

そして、シュルレアリスムとかキュビズムとか、なんかそういう美術というか芸術の色々なことは当時から勉強していたものの(ほぼ忘れたけど)、そういう色々を勉強してても、その先生の話すことは普段から「ちょっと何言ってるかわかんない」状態だった。私はAさんという頻繁に授業が被る友達とよく隣同士で座っていたのだが、度々Aさんと休み時間や授業が終わったあとに「あの話って結局なんだったの?」みたいなことを話していた。要は先生の話がめちゃ抽象的なのである。

www.hinogallery.com

あの世で会えたら

しかし、先生はもちろん「教授」という肩書きが一応ついているくらいなのでちょいちょいいいことというか、「なるほど~」みたいな話もあって、ほとんど忘れたけど、今でもずっと心に残っていることもある。

でもまぁ当時は先生の話もわけわかんなかったし、正直なところ先生の描いてる絵とかも「なんかすごい」とは思うものの、良く理解ができないというか、絵については未だに理解できていないんだけど、先生が何を描こうとしているのかすらよくわかっていなかった。

でも、あれから20年くらい経った今、そう、先日、なんとなくわかった気がしたのだ。先生はもう亡くなっていてこの世にはいないので、もう会って話すことはできないし、実際に会って話したら、煙を吐きながら「江戸、それは違うよ」とニコニコ顔で言われるかもしれない。しかし、先生は絵を描こうとしていたのではなく、絵で表現しようとしていたのではないかと。なんとなくそう気づいたのだ。

もうここまで来ると私も先生同様に「何言ってんだこいつ」と思われていると思うが、当時は「芸術とは」とか「アートって」みたいなことにすごく縛られていたけど、先生はもうそういう次元を通り越してまさに「表現」の域に行っていたのではないかと思う。

感性は衰えど

だからなんだって話なのだが、もう油絵の道具も売ってしまってキャンバスとパレットと高かった筆くらいしか残ってないけど、今だったら誰かに見られる前提の「芸術作品」を作ろうとしていたあの頃よりも「表現」ができそうな気がする。

先生は言っていた。

「君たちの今持っている若い感性は、どうしたってもう僕には手に入らないんだ」と。

そう、それは私もそう思う。

若い時のキラキラした感性ってもう今は手に入れることができない。それは美術に関わらず、創造されるもの全般に共通しているような気がしている。

ただ、そんなキラキラした感性はないけど、悟りも開いてないけど、なんか今だからこそできることがある気がしたのだ。

ダンスもしたいし小説も書きたいし、絵も描きたいし、やりたいことがありすぎて大変だ。時間が全然足りないし体力も足りないしお金も足りない。

ただ、今は眠りたい。

一回深く潜りたい。

深く潜れ

深く潜れ

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