エド&リーのブログ

別居中のアラフォーゴーストライターです。生き様もほぼゴーストです。結論の出ない話多めです。

ケースバイケース

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先日の記事↓に書いた件は結局、

edoandlee.com

  1. Cさんの反応を待たずしてAさんが独断で行動
  2. 私が対応したやつの意味(&Cさんの指示の意味)がなくなる
  3. Aさんからの任務完了報告(&江戸さんの対応無駄になっちゃってごめんね的なコメント)
  4. Cさん「江戸さんなんかすみませんでした…」
  5. 私「いえ、ありがとうございました(棒)」
  6. Bさん→私「えっ、ちょっとおかしくね?マジなんなの(怒)」
  7. Bさん→Aさん「これってどういうことなんですか?」
  8. Aさんがまたよくわからない話をし始める…
  9. Bさん「了解しましたー(了解してない)」

ということで、Aさん以外のメンバー全員モヤモヤ状態になりつつ、Aさんが一人で話をすすめてしまったので本件はそのまま幕を閉じる運びとなった。

誰かさんの言葉

がしかし、納得のいかないBさんは、その後個別に私に「やっぱ私Aさん無理だわ。ずっと前から思ってたけど…。絶対仲良くなれんわ」みたいな感じのLINEをくれ、私も私で「もう終わったことやからいいけどさ、まぁ私も前から思ってたよ」みたいな返しをし、暫く2人で「AさんのここがNG」「今だから言えるあの時のあの気持ち」みたいなやりとりをしていた。

なお、今回の4人のメンバーの中で、私とBさんは一連のミッション以外でもやりとりをするほどの仲であり、私は勝手にBさんのことを友達だと思っている(向こうは思ってないかもしれないが)。

で、こういう友達と第三者の文句ではないけども(いや文句かな)、愚痴的なことを話しているとき、いつも私の脳裏をかすめるのが「誰かの悪口を言って仲良くなるのは本当の友達じゃないよ」的な言葉である。この言葉の出どころが一体どこなのか、ことわざ的な正式な文言があるのかも全く不明ではあるが、こういった言葉をどこかで聞いたことがある人は少なくないだろう。

で、この言葉、たしかに言ってることはわかる。まぁだいたい悪口なんていいか悪いかでいったらよくないし、悪口で仲良くなっても諸刃の剣というか、その悪口言ってる奴もお前の悪口陰で言ってるかもよ?的な話だからよくないんだとは思う。

でも、そうわかってはいるつもりでも、一方で「でも本当の気持ちを言えるのが友達なんじゃないの?」とも思ったりするのである。

友達ってなんなん

最近はないが、以前は結構そういう人が多かった気がする。いわゆる「ママ友(友ってついてるけど友達だとは思ってない人もいる)」的な、子ども経由で知り合った、子どものために付き合っている人たちがいるような場だ。表面上は仲良さげにしてるのだけれど、よほど心を許した相手でないと皆本音を言わない、的な。明らかに「こいつなんなの」的な人がいるんだけれど、皆腹の探り合いで黙っていて、誰かが口火を切るのを待ってる、的な。

まぁ私も私でモヤモヤしながらその腹の探り合いの中にいたこともあったわけだが、そういう状況の中でも「実はさ…」と気持ちを話してくれる人がいると私は嬉しかったし、私も「この人になら話したい」という人には正直な気持ちを話すこともあった。

いじめみたいに全然関係ないやつが主犯格と一緒になって悪口を言うのはどうかと思うが、被害者(と思ってる)者同士が悪口、というか、愚痴を言うのは別にありなんじゃないかなと思うのだ。

実際に、会社とかでも「なんなん…!」って思う上司がいて、下々の者同士で「奴にこんなこと言われてさ…」とか「奴のあの発言はどうなの」みたいな話をすることって結構あると思うのだが(ないかな)、下々の者同士で「あなたは悪くないよ!」とか「やっぱ変だよね?」とか話すことで、救われることって結構あると思うのだ(ないかな)。

なので、「一緒になって悪口を言うのはNG」とも言い切れないかなと思うのだが、どうだろうか(知らんがな)。

言葉の呪い

こういった出どころ不明の言葉が呪いのように頭にこびりついてずっと自分を苦しめ続けることって、多かれ少なかれ誰にでもあるのではないかと思う。

つい先日も、多分Yahoo!だったと思うけど、「毒親」についての記事がアップされていて、その記事へのコメントがたくさんついていた。私も「毒親」という言葉には敏感なので、他の毒親持ちがどのようなことを考えてるのかを知りたくて、よくそのような記事やコメントを読むのだが、その記事のコメントにもこのようなことが書かれていた。

「『育ててくれた親に感謝しなさい』という言葉にずっと苦しめられてきた。色々嫌なことをされてきたのに、親だからという理由だけで感謝なんてできない」

とか、

「『子供を産むと親のありがたみがわかる』なんて言うけど、私は自分が子どもを産んでから、いかに自分の親がおかしかったかがわかりました」

とか…。

これは別に毒親持ちに限ったことではないと思うが、こういういう「親に感謝しようね」的な「お年寄りは敬おうね」的な、まぁ世間一般的にはなんとな~く「こうあるべき」とされているような、聞こえの良い言葉に苦しめられている人ってわりといるように思う。少なくとも私には「私の気持ちはこうだけど、これっていけないこと…?」みたいな感じで苦しめられている言葉が多々ある。

ケースバイケース…じゃろ?

「そんなん当たり前やんけ」と思われるかもしれないが、こういう出どころ不明な「なんとなく正しそうな言葉」って、あくまでも「共感できる」って人の割合が多いだけであって、本当はケースバイケースなのではないだろうか。というか、ケースバイケースだよね?って思う。いきなり話が壮大になるが、世の中何が正しい答えかなんてわからないし、正解だって人それぞれ違うはずだから。

育児書だって、あたかも「こうやればOK!」みたいなことが書いてあるけど、「うちの子そんなタイプじゃないし」とか「やってみたけど全然あかんやん」みたいなことなんて腐るほどあるし、そもそもそんな本でみんな解決するならみんなその本読んでるし、みたいな(もちろん参考になることもある)。自己啓発本とかもそうだと思う。「めっちゃいい!人生変わりました!」って人もいれば(そんな人いるのか?と個人的には思うが)、「全然響きましぇ~ん」みたいな人もいるわけで…。

齢を重ねると色々なことの答えが見えてくるかと思いきや、反対に「こんな答えもあるんだな」と思うことの方が多い気がする。例えば学生の頃とか、20代の頃とかって「これはこうだ!」みたいなひとつの答えを求めていたというか、決めつけようとしていた部分が結構あったなと思う。

単純に私の軸が常にブレブレっていうのもあるかもしれないが、逆に齢を重ねれば重ねるほど結論が出ないことの方が多いというか、「ま、ケースバイケースよね」みたいな、「そういう考え方もありますよね~」みたいなことが増えていて、むしろどんどん色々なことがわからなくなってきている気がする。

さらに齢を重ねるとまた何か違う風に見えてくるのだろうか。それとも、齢を重ねても「これはこうだ!」みたいな考えなんて持たない方が良いのだろうか。これもまたケースバイケースなのかな。

全然関係ない(なくはない)ですが、この曲の歌詞の「消し忘れ~♪」ってところ、結構長い間「ケースバイケース♪」って言ってると思ってました…。空耳~ア~ワ~♪


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