エド&リーのブログ

別居中のアラフォーゴーストライターです。生き様もほぼゴーストです。結論の出ない話多めです。

私たちに何ができるか

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ロシアによるウクライナ侵攻が本当に始まってしまった。

なんとなくオリンピック中はないかなと思ってはいて、オリンピックが終わってからも結局軍事侵攻は起こらないという展開を期待していたが、想像していたよりもあっという間に始まってしまった。

私はニュースを見るのが昔から好きで隙あらばいつも見ているのだが、歴史には詳しくないし、世界情勢についても詳しくない。

たいして何もわかってないし、普段は何も言わないのに、こんな時だけ「戦争反対」とか声高に叫ぶのも個人的にはなんとなくかっこ悪いと思っている。

ただ、実際に今この時代に国同士の争いが起こっていることにショックを受けているし、ウクライナのことがとても気になっている。

昨日も仕事をしながらずっとキエフの街のライブカメラの映像を横で流していたが、キエフの街は人通りがまばらだった。おそらくいつもはもっと多くの人や車が行き交っているのだろう。時折サイレンの音が鳴り響いたり、音声だけの画面で銃声のようなものが聞こえてチャット上では「gun shotだね」といった声が上がっていたが、ライブカメラで見える範囲ではキエフの街は落ち着いていた。

ネットではウクライナ侵攻のニュースがネットニュースの上位を占めてはいるものの、テレビだってほぼ平常運転だ。ニュースではウクライナ侵攻のことを取り上げられるが、他はいつもとほとんど同じ。私が見たものといえば金曜日の夜中にEテレの「ドキュランドへようこそ」でやっていた「プーチン政権と闘う女性たち」というドキュメント番組くらいだ。

ニュースで幼い子どもが涙を目に浮かべて「戦争は嫌だ。死にたくない」と言っている。だけど私の息子は今フォートナイトの世界で銃を持って走っている。

今自分には何ができるのかと問うても、プーチンが核ミサイルを撃ち込まないことや早くこの争いが終わることを祈るくらいしかできない気がする。

そしてその無力さに途方に暮れてしまう。

今起こっている争いに対して直接的に何もすることができない。

ただ、これからのことであればできるのではないか。

私たち日本人の大人の多くは「戦争はいけないことだ」「日本は世界で唯一の被爆国だ」ということを刷り込まれて育ってきた。だから世界情勢なんて詳しくなくても、実際に戦争を体験していなくても「戦争はいけない」という反応がすぐにできる人は多いだろう。

しかし今の子どもたちはどうだろうか。私たちが子どもの頃は戦争を体験した語り部たちから話を聞くことができたが、今はそうではない。教える側である大人たちも自分が見た世界ではないのでリアルに伝えることはできない。氷がとけて味が薄くなったジュースみたいに、時間が経つにつれて「戦争が悪である」という意識がどんどん薄くなっていくような気がする。

だからこそ私たち大人は意識的に伝えていかなければならないのではないか。戦争はいけない。人を殺してはいけない。自然災害は回避できなくても、人と人との争いは回避できるということを、徹底的に子どもたちの頭に、心に、叩き込んでいかねばならないのではないか。理屈なんて後でいいから、「いじめはいけない」っていうのと同じように、とにかくいけないことだということを教えなくてはいけないのではないだろうか。

今戦争が起こっているからという一過性的なものであっても、やらないよりはマジだ。

自分が話せないなら、映画でも本でも何でもいいだろう。

この国は核を持っていないし、戦争もしないことになっている。島国だから攻め込まれたら逃げることだってできない。昨日までただのご近所さんだった人が、実は某国の人でいきなり殺しにかかってくるかもしれない。諸外国から武器を供給されたとて、それを使おうとする人はどれほどいるだろうか。

やはりあってはならないのだ。悲しい結末しかそこにはない。

今だって悲しいほど実に無力ではあるが、私たちはできることをやるしかない。

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