エド&リーのブログ

別居中のアラフォーゴーストライターです。生き様もほぼゴーストです。結論の出ない話多めです。

「義母と娘のブルース」を見ながら「父親」の存在などについて色々思った話

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前の家でのいつかの冬の朝の氷遊び。後日この光景を見ていたらしい上階のマダムから「いいお母さんね!」と褒めらたが、オキシトシン少なめな私は微妙な心境なのであった。

太陽ってすごい。

昨日も元日から昼過ぎまで寝ていて、ようやく午後にベランダでカブトムシの幼虫の土の入れ替えをしていたのだが、太陽が見えなくなった途端にベランダがめちゃくちゃ寒くなって急いで片付けをして部屋に入った(そしてダラダラしてまた寝た)。

そんなわけで、今日でスター生活も4日目。昨日それなりに早く寝て、8時に目覚ましをセットしてたのに起きたら昼の12時だった。もちろん「アチャ~」と思ったけど、もう「自分が思っていたより本当は4時間多く睡眠が必要だったんだ」と思い直した。今年はこんなスタンスで自分を赦しまくっていこうと思う。

で、昨日の「太陽ってすごい」が頭にあったので、昼食もとらず、日が沈む直前までずっと窓ふきやベランダのプランターの土の入れ替えやらベランダ掃除やらをやっていた。

そして、掃除などをやりつつもチラチラとドラマ「義母と娘のブルース」の再放送を見ていたのだが(もちろん涙を流しながら)、ドラマを見ながら、「父親」という存在などについて考えたことがあったので今日はそのことを書こうと思う(ドラマとそんなに関係ないけど)。

なお、先に言っておくが今日の話には結論的なものはないのでご了承いただきたい。

ちなみに「義母と娘のブルース」は、ちょいちょい前の家の近所で撮影をやっていて、私は撮影現場に出くわしたこともあるのだった。綾瀬はるか、竹野内豊、上白石萌歌ちゃんを生で見たが、綾瀬はるかは遠目から見ても明らかに肌が綺麗だった。もはや発光していた。しかも性格も良さそうだった。

そして、今夜2022年謹賀新年スペシャルがあるらしいが、私はその時間仕事をしていると思うので残念ながら録画して見る予定だ(今年も前置きが長い)。

www.tbs.co.jp

シングルファーザーという存在

今日は「義母と娘のブルース2020年謹賀新年スペシャル」もやっていたのだが、ストーリーは、ある日乳飲み子を残して妻に先立たれたお父さんが、その乳飲み子を近所のパン屋(佐藤健の店)の前に置き去りにするところから始まる。

で、その乳飲み子の世話を綾瀬はるかたち周辺で面倒をみながらなんやかんやあって、最終的にはお父さんが乳飲み子を取り返しに来て、めでたしめでたし的な感じなのだが(超適当な説明ですみません)、お父さんが乳飲み子を置き去りにした理由が、お察しのとおり「子育てでボロボロで仕事もできなくなってもう無理!」みたいな感じなのである(なお、最終的には「これからはみんなで協力してあげるよ」的な感じになってその問題は一旦解決した)。

私も含めてだが、児童館みたいなところに子どもを連れて行っても孤立しまくったりしてて、お父さんがボロボロになっていくシーンを見て泣いたお母さんは多いだろう。そしてその涙の裏には「そうなんよ、子育てって大変なんよ」っていう気持ちがあったと思う。お父さんでも涙した人もいるかもしれないが、あのシーンに共感できるのは圧倒的にお母さんの方が多いと思う。

実際に同じように大変な毎日を送られているシングルファーザーのご家庭もあるだろうが、シングルファーザーについて書かれている記事を見ても、割合的にシングルファーザーの家庭はひとり親世帯全体の1割くらいしかないらしく、現状は圧倒的にシングルマザーの家庭の方が多い。

そのため、世間ではシングルマザーの方に注目が行きがちなわけだが、シングルファーザーの方たちこそ「子育てってこんなに大変なんよ」と世のお父さま方に知ってもらうにはもってこいの存在なのではないかと思ったのだった。

タスクレベルならできる夫(仮)

話は変わるが、私には2人の子どもがいるが、多分私は「母性メーター」みたいなのがあったら「母性ある度」は確実に平均よりも下の方だと思う。いわゆる愛情ホルモンとかいう「オキシトシン」があまり出ていないのかもしれない。

現に今日で子どもたちと離れて4日目であるが、夫(仮)に事務連絡のLINEを2回しただけで子どもたちとは一切連絡をとっていない。

でも、全く「早く会いたい」とかいう気持ちはないのだ。むしろ「もうちょっとあっちでゆっくりしてて」くらいの気持ちである。

その代わりといったらなんだが、夫(仮)は、私に対しては出ていないようだが、子どもに対してはオキシトシンが出まくっていると思う。なので、このように子どもを長期間見ることもできている。それは第一子である息子が生まれたころから変わっていない。

また、私も本能的に「子どもが欲しい」とは思ったものの、自分が「子ども大好き」タイプの人間でないことは最初からわかっていたので、私がいなくても子どもが過ごせるように息子が生まれた直後から夫(仮)をそのように教育してきた。教育というとなんだか聞こえが良い気もするが、実際のところは夫(仮)が1人で面倒が見られるように「仕向けて」きたのである。

ただ、それはあくまでも「タスクレベル」だとは思っている。

なぜなら、学校関係のこととか、娘の療育関係のこととか、将来のお金のこととか、子どもに関する「重い系」の話になると夫(仮)とは全く話が噛み合わないというか、そもそも同じ土俵で話ができないのだ。なんか全体的に「浅い」。

例えば娘がもっと小さい頃、なんなら生まれる前とかもそうだが、心臓のことで両親揃ってドクターから話を聞く時に、「え?なんで今さらその質問?」みたいなことを夫(仮)がして、私とドクターポカーン状態になることなどもちょいちょいあったし、実際呆れすぎて夫(仮)本人に注意をしたこともあった。

これは夫(仮)だからなのか、母親と父親の違いなのか何なのかよくわからない。

ただ、そこがあるから、「仮に離婚して夫(仮)がシングルファーザーになったらどうだろう?」という選択肢について考えてみても「いや、やっぱりあの人には無理だよな」とか思ったりするのだった。

他所の家の話と、ある友人の言葉

また話は変わるが、私には子ども経由で「ママ友」として知り合ったものの、今では子供同士の繋がりはなく、もはや普通に「友人」として付き合っている人が何人かいる。で、そのような友人の中でも、うちと同じように「夫にタスクレベルなら任せられるタイプ」の人とそうじゃないタイプの人がいる。

で、前者であれば、例えばランチに行こうという話になってもわりとすんなり予定が合わせられるのだが、後者だと一気にそれが難しくなってしまうのだ。

その家その家で事情や方針が違うのはわかる。しかしながら、正直「どんだけ~」と思ってしまう。なにが「どんだけ~」かというと、「夫に休みの日(特に土日とか)に子ども(1~2人)を任せられない」ということについてである。懸命に予定を合わせようとしてくれている友人に対してというより、その夫に、である。

専業主婦の人の場合、自分が稼いでないことに対して多かれ少なかれ後ろめたさのようなものがあり「任せられない」的な考えになってしまいがちなのもわかるが、私なんかよりもっとバリバリ働いている人でも、「任せられない」という人はいるのだ。

これは私の勝手な憶測ではあるが、多分そういう人にもいくつかタイプがあって、

  1. 夫がマジで子どもの面倒をタスクレベルですらできない
  2. 夫の家での地位みたいなのが高めでお母さんが気を遣っている
  3. 子どもがお母さんじゃないと嫌っていう
  4. お母さんも子どもが心配

このへんが多いのではないかと思う。2と4についてはもう「そうなんだ」としか言えないが、1と3に関しては、「父親としてどうなん?」と他所の夫に対して思ってしまうのである。

もう他所の家の話なのでほっとけばいいのだが、さすがにタスクレベルで自分の子どもの面倒をみられないのもどうかと思うもし、「お母さんじゃないと嫌」のままにしてるのも「夫もっと頑張れよ!」と思ってしまうのだ(ほっともっとみたいになったけど)。

そうそうある話ではないにせよ、そういう家が最初の「ギボムス2020」みたいな状態になったら即日夫は窮地に追い込まれるわけだし、仮に妻が死ななくても妻がどうにかなった場合に夫は必要以上に大変な目に遭うことになるのではなかろうか。

まぁ、ほんと、他所の家の話なんでいいんだけど…気になってしまうのである。

で、ある友人が先日夫に対して「お金稼いで、自分のことは自分でやって、独身男性の方がえらいって思う時がある」と言っていて「たしかに…」と妙に納得してしまった。

そして、そう考えると私の夫(仮)は酒の問題を除いては、わりとまともだと思ったのだった。そこは認めたい(でも無理)。

ここまで長々と書いて、結局「何なん?」て話なのだが、「ギボムス」を見ただけでも新年早々色々なことを考えてしまう、相変わらず考えすぎな私なのでした。

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