エド&リーのブログ

別居中のアラフォーゴーストライターです。生き様もほぼゴーストです。結論の出ない話多めです。

同情から共感へ

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Hさんの息子にセミの捕獲方法を教えるいつかの私

昨夜は私にしては珍しくドはまりしていたドラマ「最愛」を見て号泣し、そのまま居眠りして1回起きて歯磨きをして寝て、7時にゴミ出しのためフラフラと外に出、そのまま布団に戻って13時近くまで寝ていた。

昨日書いたばかりの「QOLの向上」とは全く逆の生活であるが、それは来年からやるので許して欲しい。

それにしてもベランダから青空を見ていると糸の切れた凧になって飛んでいきたいとよく思う。鳥はなんだか腕の筋肉を酷使しそうだから凧がいい(どうでもいい)。

昨日会った友人との関係

昨日はかれこれ10年来の付き合いになる友人(以下、Hさんと呼ぶ)と会ってきた。

彼女は私より4つ歳が上(=私の姉と同い年)で、初めて出会ったのは息子の妊娠中にあった母親学級(新生児の沐浴の練習とかやるアレ)だ。たしか同じ駅に住んでいて、帰る方向が同じだったのと、「なんかこの人とは仲良くなれそう」的な勘から私から声を掛けたのが始まりだったと思う。

家が近いことや男の子が生まれる予定であることから、私たちはすぐに仲良くなって、お互いの家を行き来したりランチに行ったり、ベビー用品を見に行ったりした。第2子の妊娠・出産は私の方が1年早かったが、うちと同じで女の子が生まれた。

以来、子どもがもっと小さい頃は子ども同士を遊ばせたり、うちに泊まるなんてこともあったが、子どもが大きくなった今もお互い半年~数ヶ月くらいのペースで会っている。どれくらい仲が良いかというと、一緒に「蒙古タンメン中本」へ行くくらいの仲である(結構仲良くないと行けない店だと思うのは私だけだろうか…)。

友人、タリーズで泣く

説明が長くなってしまったが、そんなこんなで昨日は彼女と半年ぶりくらいに会えたのだが、「元気してた?」という話から、私が「最近ブログ書きまくってて寝不足でさ」みたいなことを言ったら、彼女は「あのブログだよね」と言って、急にオロオロし始めた。

なお、このブログを再開した頃、私はLINEのタイムラインで宣伝したことがあり、私のLINEを知っている人のほとんど(夫(仮)をはじめとする嫌いな人には教えていない)はこのブログの存在を知っているはずだ。

Hさんは「実はあれ読んでさ…読みやすいからどんどん読んじゃったんだけど、これまで江戸さん(←仲良いけどさん付けで呼び合っている)のこと、だいたいわかってるつもりでいたけど、色々私の知らないところで辛い思いをしてたんだと思ってさ…」みたいなことを言って泣き始めた。

ここまで席に着いて5分も経たないくらいの話である。

どの記事のことかまでは聞かなかったが、おそらく↓あたりの娘の発達について書いた記事や、夫(仮)と別居に至るまでの経緯を書いた記事のことだろう。

edoandlee.com

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Hさんとは何か悩み事や困った事がある度にLINEをしたり、昨日のように定期的に会っていたこともあったので、私はそれほど自覚がなかったのだが、LINEでのやりとりや会って話すこととブログの決定的な違いは、一方的かつ詳細な情報の発信ができるか否かである。

LINEや会って話す場合は、どうしてもお互いの情報が入り混じりながら話が進んで行くので、「江戸リイの話100%状態」にはなり得ない。

Hさんは私の友人の仲でも比較的話を聞く側に回る人ではあるが、私も私で誰かと話しているとわりと聞く側に回ることが多いので、Hさんにとっては「実はこんなことになってたのか」「あの時こんな気持ちだったのか」という驚きがあったのだろう。

ある意味、私と普通にこれまでやりとりをしていたからこその感情かもしれない。

LINEしてくれて全然ええんやで…

そして彼女は私が取ってきていたタリーズの紙ナプキンで勝手に涙を拭いながら(この行動もなんだか面白かった)、「いや、なんかいちいちブログ読むたびにLINE送るのもどうかな…と思って言わなかったんだけどさ…なんかほんとごめんね」的なことを言っていた。

実はブログを再開してから、LINEでの反応はほぼないものの、私のLINEを知っている友人や知人に会った時に「実はブログ読んでて…」的なことを言われることがすごく増えた。

もちろん私なんぞの記事を読んでくださっていることは、恥ずかしい反面嬉しいのだが、普段の私は「ブログ?何の話?」的な感じで平静を装っているため、いきなりブログの話をされると「ドキッ!」としてしまうのだ。

あと、お会いしたことのない方なら全く問題ないのだが、普段からリアルに会う機会がある人の場合「この人ってどこまで知ってるんだろう?とりあえず何も知らない前提で話したらいいのか?」という現象が度々起こっているのだった。

だからといって別にそれがどうこうってわけでもないのだが、一応この場を借りてお伝えしておくと、私のことをリアルで知っている方で、もし私の記事を読み、何か思ったことがあれば是非お気軽にLINEなりなんなりしていただきたい。

「恥ずかしいからやめて!」「いちいち連絡してくんな!」とか全然思わないし、むしろ「読んだよ」的な連絡をくれる方が嬉しいし生きる糧になるので気を遣わないで欲しい(別に気は遣ってないか…)。

複雑な偶然

私の娘については、↓の記事などにもちょいちょい書いているように、発達の凸凹以外に先天性の心疾患があり、妊娠中から今も定期的に神奈川県立こども医療センターのお世話になっているのだが、実はHさんの娘も科は全く違うものの、同じ病院で入院や通院で診てもらっているのだ。

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これは本当にめちゃくちゃ偶然で、あれはたしか2年前の秋頃だったと思う。

ある日Hさんから「Mちゃん(娘)が心臓で行ってる病院て、六ッ川のこども医療センターだっけ?」というLINEが来たのだ。「そうだけど、どうした?」と私が聞くと、Hさんの娘がそこで手術と長期入院をしなければならなくなったというのだ。

私とHさんは同じ沿線ではあるが、別の駅に住んでいる。しかし近所にはそこそこ大きな大学病院があるため、たいてい大きめの病気やケガをするとそっちの大学病院を紹介されることが多いのだ。そのため、こども医療センターを紹介されるというのは結構レアケースなことなのである。

その後、Hさんの娘はクリスマス直後あたりから入院し、彼女は上の子(当時幼稚園児)もいるので、毎日電車とバスを乗り継いで春頃まで病院と家の往復を続けたのだった。正直な話、こども医療センターは言ったら悪いが変な場所、というか交通の便の悪い丘の上にあり、毎日通うとなると同じ横浜市内とはいえかなりハードなのだ。

私は自分が彼女にできることとして、入院や病院の様子のことなど自分の知り得る範囲で最大限のことを彼女に伝えたが、それ以外は正直手も足も出ない、何もしてあげられない状態だった。たしか彼女が倒れないようにと、キューピーコーワゴールド的な錠剤とか栄養ドリンクとか入浴剤を送ったくらいしかできなかった。

同情から共感へ

ただ、私は彼女がこども医療センターに通うことになったと知った時、これは道徳的には間違った感情なのかもしれないが「これで彼女に共感してもらえるようになる」といったような、やや喜びにも似た感情を抱いてしまったのだった。

それは、それまで彼女は娘のことで病院に通う私に対して「同情」をすることはあっても、「共感」することはできないと思っていたからだ。

なぜなら同情には「大変だったね」といったような若干哀れみのようなものが入っている上に、それはあくまでも想像上のその人なりの「大変さ」であるからだ。

だから私はいくら周りの人から「大変だね」「できることは協力するから言ってね」的な声をかけられても、どこか余計に孤独を感じていた。なぜならその言葉は明らかに違う目線から掛けられている言葉だったからだ。

しかし、彼女も私と同じようにこども医療センターに通うとなると話は違ってくる。彼女はこれまでの想像上での「大変さ」ではなく、彼女自身の世界の中で「大変さ」を感じることになる。つまり、目線が私と同じ、あるいは近いものになると思ったからである。だから私はなんだか「やっと同志が現れた」といった気持ちになったのだ。

こども医療センターの一件を境に、私と彼女の関係性はそれまでとはまた違ったものになったと私は思っている。

もうすでに3000文字を超えているので今日は詳しく書かないが、子ども医療センターに行くと、否が応でも色々なことを考えさせられるようになる。昨日も私たちは「他人から見たら可哀想だろうし、行かない方がいい場所だけど、人としての経験値は上がったよね」というような話をした。

そしてHさんは、こんなことも言っていた。

「私は江戸さんのブログを読むまでは、あんなに家事にも育児にも協力的な旦那さんなのに…って、江戸さんを少しワガママのようにも思っていた。でも、家事を協力してくれたり子供を大切にする気持ちも大切だけど、江戸さんが旦那さんから一番欲しかったのは、江戸さんへの共感だよね」

ちょっと今自分でも書きながら泣きそうになっているが、そういうことなのだ。

同情だってないよりはいいかもしれない。

でも、私が求めているのは共感であり、自分がなりたいと思っている人物像もまた、「共感できる人」なのだ。

私の娘の心疾患はもうほぼ根治に近い状態であるが、Hさんの娘は数年以内にまた手術と長期入院が必要になるかもしれないらしい。

私はその時になっても、同情ではなく、今よりもっと共感できる人間になっていたいと思う。

それは決して簡単なことではないだろう。

しかし、自分が「共感できる人」になることによって、困っている誰かの力になれることがたくさんありそうな気がしている。

(めっちゃ長文になりましたごめんなさい…)

 

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