エド&リーのブログ

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本当は離婚したい人たちへ ④私がカウンセリングをおすすめする理由

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昨日終わるはずの仕事が終わらず、翌日の今日も結局終わらないまこんな時間になってしまった。どんどん納期が迫ってヤバいが、まぁどこかで巻き返せるだろう、というか巻き返すことになるだろう。

しつこいようだがライターの仕事は本当に書く気にならないと全然書けないのだ(なんだかライターを代表して言っているが私だけかもしれない)。

ということで、今日ももうやる気がないのでブログを書いて寝ようと思う。

昨日は、「もうこれは本当に離婚を考えた方がいいかも」という状況に陥ってからまず私がやったことについて書いたが、今日はその中でも、最も自分にとって「やってよかった」と思っている、現在も続いているカウンセリングのことについて書きたい。

私が通っている「カウンセリング」について

私がカウンセリングに通うに至ったのは、先日↓で書いたとおり、かつて離婚寸前まで陥った友人の勧めからだった。

edoandlee.com

それまでカウンセリングなんて全く縁のなかった私は、とりあえずよくわからないので、なるべく近場で信頼できそう、かつ安いところを探した。

カウンセリングをやっているところは結構ある。心療内科のあるクリニックもあるし、完全に個人でやっているところもあるし、「カウンセリングオフィス」といった感じで事務所のようになっているところもある。

興味がある人はちょっと調べてみてもらうとわかると思うが、夫婦で通って問題を解決するところ、子どもが通うところ、本当に色々ある。日本ではまだまだ利用する人は少ないが、海外(友人はアメリカと言っていた)では気軽に利用する人が多い感じらしい。

気になる料金は、私が通っているところはNPOが運営しているところで、1回50分間5,000円なのだが、色々あるカウンセリングの中でも料金的にはかなり安い方だと思う。でも、正直この5,000円を安いと感じない人もいるだろう。だって子どもの習い事だって週1時間×1ヶ月で7,000円とかが相場なのだから。

なので、語弊があるかもしれないが、金銭的にギリギリの人は通えないかもしれないので、区役所とかにとりあえず相談してみた方がいいと思う。補助が受けられたり、何か別の方法があるかもしれない。

ただ、一応言っておくが、私も決して金銭的に余裕があるわけではない。夫(一応)の年収も年相応のサラリーマンな感じだし、私の年収も多分どこかでパートで働くよりかは稼いでると思うけど、正社員で働いている同年代の女性たちに比べたら遥かに少ないと思う。金持ちチームか貧乏チームかに分けたら絶対貧乏の方のチームに入ると思う(なんの大会だよ)。

話がそれたが、私が通っているカウンセリングは、マンションの一室にいくつか部屋があり、そこに所属している臨床心理士さん・公認心理士さんが、そこにある部屋を使いながらカウンセリングを行うといった感じのところだ。

カウンセリングオフィスによっても違うと思うが、最初にどんな悩みを抱えているかなど、自分のことを伝えて、その後、カウンセラーさんが決まる感じで、私の担当はおそらく確実に私よりも若いと思われる綺麗な女性だ。そしてどうでもいい情報だが、偶然にも私の本名と下の名前が同じである。それ以外の情報は未だに全く知らない。

カウンセリングは自力で答えを見つけ出すところ

そんなカウンセリング、一体どんなことをしているかというと、基本的に「では始めましょう」という合図で、私が自由に喋って、時々心理士さんが質問をしたり、自分の考えを述べたりする感じだ。

これも多分どんなところに行くかによっても違うと思うから、カウンセリングが本気で合わないって感じる人もいるはずだ。なので全てのカウンセリングが私と同じようなやり方ですすめられているわけではないということはご了承いただきたい。

最初の方は、毎週通って、自分の生い立ちやどんな悩みを抱えているかなどをとりあえず話し続けた。自分の事をただひたすら話すだけなので、1回目から何かアドバイスをもらえるわけはなく、最初の方は正直「これで5,000円か…」という気持ちもあったが、

一方で、次のようなメリットもなんとなく感じていた。

  • とにかく自分の抱える問題について一緒に真剣に考えてくれる人ができる
  • その時間はひたすら自分の話ができる(うまく話せなくても全然大丈夫)
  • 相手はちゃんと心理学を勉強してきたプロである
  • 最低限の同感(的なもの)しか得られないため、逆に客観的に物事を考えられる
  • これを続けたら何かが変わるかもしれないという期待感が持てる

以前に書いたとおり、とにかく思っていることは誰かに話すことが大切だ。

しかし、友人や自分の親、ましてや夫(一応)なんかに話しても、客観的な意見はなかなか得られないと思う。同情してもらうことや励ましてもらうことはできても、メチャクチャ客観的に、冷静に今の状況を見つめて、落ち着いて物事を考えること、自分と向き合うことは難しい。

カウンセリングは話を聞く側(心理士さん)も私に関する情報はほぼゼロの状態なので、説明をすることによって「あ、話してみたらあの事ってたいしたことじゃないな」とか「あ、このモヤモヤってこっから来てたんだ」ということがわかるのだ。

そして、これはとても重要なことだが、あくまでも私の通っているカウンセリングでは「こうしたらいいですよ~」みたいなアドバイスはされない。

「心理学的にこういう傾向があります」とか、「そうやってみるのもいいと思います」とか「もしかしたら◯◯かもしれないです」とか、アドバイスといってもそんな程度のもので、心理士さんの話すことのうち9割は私の話したことについての質問で、1割はちょっとしたアドバイスというか、「気づきを与える」ような感じだ。

なので、「カウンセリングに行ったらすぐに何かいいアドバイスがもらえるかも」という期待を持っている人は続かないと思う。メチャクチャ尊敬している人に相談したり、自己啓発本とか読み漁る方が合っているかもしれない。あと相性もあると思う。

実際、後日夫(一応)が同じカウンセリングオフィスで別の心理士さんのカウンセリングを受けることになったが、これまた「なんか違う気がする」ということで3回くらいで行かなくなった(なお、結果的にそれが離婚を切り出す決定打となる)。

  • 目の前の問題を含めて自分自身を見つめ直したい
  • 自力で乗り越える力(考え方)を身に付けたい
  • 少しでもいいから自分の考え方を変えたい
  • 心から自分が納得できる答えを見つけたい

という気持ちがあれば、最初の方は「これ意味あるのかな?」と思うかもしれないが、通っているうちにその時間の大切さに気が付くようになって、多分続くし、意味のあるものになると思う。

カウンセリングの効果

私が最初にカウンセリングに通いはじめてから、もう1年半以上経つ。

最初の精神的にもだいぶヤバくて、心理士さんも私のことをよく知らなくて、何をどうしたいかもよくわかってない時は毎週通っていて、半年後くらいから2週間に1回になって、1年過ぎたくらいから月1とかになったと思う。

心理士さんがどんな人なのかとかは、経歴以外未だに一切わからないが、最初は話しながら泣くこともあった私も、今では冗談めいたことを言ったりしながら楽しく話せるようになった。

最初の画像にあるのは、定期的に行われる「GHQ30 」という精神健康調査の結果で、カウンセリングでは無料で受けることができる。

www.saccess55.co.jp

画像をよく見てもらうとわかるが、初回にこのテストを受けてから1年くらいは、ほとんど数値は変わってないのだが、先日受けた最新のテストでは嘘みたいに数値が良くなっているのだ。

心理士さんもあまりに結果が違うので少し驚いていたが、私は夫(一応)と別居したこと、そして今現在その別居生活が落ち着いてきたことがかかなり関係しているのではないかと推測している。

ただ今でもふと死にたいと思ってしまうことがあるので、それも数値に如実に表れていると思う。

心理士さんもこの結果と、この結果になった理由(上述の私の推測)を聞いた上で、「最初の頃と明らかにまとってる雰囲気が違うから納得はできる」と言っていた。

ひとまず夫(一応)とのことを考えることは限りなく0に近くなり、いずれどこかのタイミングで離婚することは確実で、事実上夫婦の問題は一旦解決に近い状態になったので、次はそれでも時折「死んでしまいたい」と思ってしまう私が、この先どう生きて行けばいいのか?何をカウンセリングの場で考えていこうかという話になっている。

死にたい気持ちはあってもカウンセリングの意味はある

私は今まで自分が長生きしたい思ったことが一度もなくて、自分の役目がなくなったら死んだ方がいいのではないか?とずっと思っている。多分中学生くらいからすでに50歳くらいで死にたいと言い続けている。今ちょうど40歳で、あと10年も生きれば十分と思っているので、このままだと10年後には死んでいるんじゃないかと思う。

その理由は老いていく自分の姿も見たくないし、虫と同じで生き物としての役目を終えたのに、まだ生き続けることに何の意味があるのかと思っている節があるからだ。

自分の親含め世界中のお年寄りを敵に回す発言かもしれないが、これは私の考えだ。だからといって他の人に早く●ねとかは思わない(まぁ思う人も正直いるけど)。

今なら、子どもが自分たちで自活できるようになるか、夫(一応)のもとで生活したいとか言い出したりしたらもう死んでいいかなと思っている。

いざ地震が起きたりすると「怖い!」と感じる恐怖心はあるのだが、「まだ死にたくない!」という思いは全くないのだ。今日寝てそのまま死んでも別にいいと本気で思っている。

心理士さんには何度も「死にたいって考える」「死んでもいいと思ってる」という話はしているが、心理士さん的には私のこの考え方が偏りすぎていて、多分私に「生きることの喜び」みたいなのを見出して欲しいと思っているのではないかと推測している。本当に心の底から幸せだと思えていないから、死ぬことを願っていると思われているのではないかと。

ここまで読んで「死んでいいと思ってるならカウンセリングの意味あるの?」と思った人もいるかもしれないが、これは生死観の違いなので分けて考えて欲しい。

日常的なストレスから解放され、常に離婚したいと思い続ける日々から抜け出し、しかもこの状態まで自分の力で持ってこれたのはカウンセリングのおかげに他ならないのだ。

離婚に限らず、問題にぶつかりがちな人や、自分を変えたい人には、是非カウンセリングをお勧めしたいと思う。

 

(思い入れが強い話なので長くなってしまいました…すみません。今日はここまでにします。おやすみなさい…)