エド&リーのブログ

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虐待ホットラインに神がいた話~後編~【長文注意】

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前編、中編と長々と書かせていただいたとおり、娘は小学校の普通級に通うものの、療育センターのお世話にもなっているいわゆる「グレーゾーン」である。

優しくて素直で良い子なんだけど、日常的に違和感のある言動は多々あり、その中でも食事に関しては顕著に違和感というか、偏食、突然の嘔吐などの問題を抱えている。

そして、中編で書いたとおり、紆余曲折あり、娘は年長になった頃から療育センターで薬を処方されるようになった。

変わらない日々

「原因はわからないけど、体重もちょっと減ってきているし、何か食事に対して不安を抱えているかもしれないから、一度薬を飲んで様子を見てみましょうか」――。

そう言われた私はなんの迷いもなく、まさしく藁をもすがる想いで「お願いします!」と処方をお願いした。薬でもなんでもいいから、吐かずに食べるようになって欲しい…ただただそんな気持ちだった。

で、自閉スペクトラム症の子どもなどに処方されることの多い「エビリファイ」という薬を数ヶ月飲み続けたが、特にこれといった変化は見られず、その後「オランザピン」という薬に変えてもらったが、それでもとくに変化は見られず、変わったことと言えば寝起きのよかった娘がなかなか起きなくなったことくらいだった。

ちょうど年長の1年間は幼稚園がコロナで休園になったり、色々なイベントが変更されたり、心臓の手術があったり、夫と離婚(のちに別居となる)することが決まったり、家を売ったり引っ越したりと色々あったので、娘の食事のことはその色々あることのうちの一つという感じで、とにかく薬を飲みながら様子見の日々…というか相変わらず食べたり吐いたりの日が続いていた。

吐かない給食

近所のお母さんたちや息子から「小学校では給食中に吐いた子がいたらみんな一斉に別の教室に避難して食べる」という恐ろしい話を聞いていたので、私の一番の心配は春に小学校入学を控える娘が、給食で吐かないかということだった。

入学前に校長先生に事情を話し、さらに入学後も担任の先生にも事情を話して、とうとう恐れていた給食が始まった。

小学校の給食は幼稚園に比べ、どう考えても渋いメニューであることは息子がもらってくる給食表ですでに知っていた。がしかし、先生も日々注意深く観察してくださっているようで、今のところ残すことはあっても吐いたことや嫌そうなことは一度もないとのことだった。

そんなこともあり、入学して暫くして、「給食は食べられているし、体重も増えてるのでとりあえず薬は一旦やめてみましょう」ということで、薬は飲まなくなった。

療育のドクターに「もう…なんでなんですかね…?本当に辛いです」みたいなことも吐露してみたが、ドクターからは「どうしても原因探しをしてしまいがちだけど、原因探しは意味がないんです。気づいたら食べるようになっていたってこともあるし、本当に原因を探そうとするだけお母さんが疲れるだけだから…」みたいなことを言われた。

「絶対なんかあるから吐くんやろ…なんもなかったら吐かへんやろ…」と内心思いながら、釈然とはしないものの「そうなんだ…原因を探してはいけないんだ…」と、私は自分に言い聞かせた。

そして、薬を飲まなくても、娘は給食を吐くことはなかった。寝起きは良くなった。

変わらない食卓

給食では吐かないものの、やはり家でえずいたり吐くことは続いており、他にも、

  • 夕方になると「今日の晩ご飯何?」ってめっちゃ聞いてくる
  • 私が夕飯を作っているとめっちゃ見てくる
  • ほぼ毎食食べていた味噌汁でもえずくようになり始めた
  • 直前まで「楽しみー!」とか言ってたメニューでも吐く(「楽しみー!」は無理矢理テンションアゲるために言ってたっぽい)
  • 少し食事の時間が遅くなると「大丈夫だよ」といってもなんか焦りを見せる
  • 食事の直前にトイレに行って、何ごともなかったかのように帰ってくるが、夕方食べたおやつをめっちゃ吐いた跡が服についてる
  • 「もう嫌だったら最初から食べなくていいよ」と言ったら3日くらいマジで晩ご飯食べないと言って食べなかった

なんてこともあり、私の食事問題に関する精神状態は結構もう限界に来ていた。

数日おきに娘がえずいたり、皿の上に吐いて「だからそれだったら最初から食べないで!」「吐くならもうあっち行ってな!」みたいなことを怒鳴り散らすことも続き、一応夫(仮)にそのことを報告する時も、事実だけを伝え「なお、アドバイス的なことは不要です」みたいなLINEを送ったりしていた。

そしてついに事件は起こった。

食べない娘を引っぱたく

忘れもしない6月29日、その日はサンマだかアジだか、とにかくなんか魚をおろしたやつを焼こうとしていた。

娘が例のごとく「今日のご飯何?」と聞いてきたので「魚焼いたやつだよ」と答えたら「ムニエルがいい」というので、ムニエルにした。そして食卓へ出した。

しかし娘は、小さくちぎったムニエルを口に運ぼうとして吐いた。

ムニエルにしてって言われたからムニエルにしたのに吐く状況を目の当たりにした私は、「ちょっとこっち来な!」といって自分の席の前に立たせた娘を引っぱたき、怒鳴り散らした。あんなに娘に怒ったのは今までで初めてだったと思う。

もう何て言ってたかもわからないけど、多分そっから2~3時間は食べたり片付けたりしてる私のそばに娘を立たせて、「この魚がここに来るまでにどれだけの人が頑張ってくれてると思ってんの?」とか「食べ物の命もらってんだよ」とか「食べないならお母さんも最初からわざわざ作らないよ」的な説教を延々としていたと思う。

「なんで食べないの?」と聞いても娘は「時間がないと思ったから」とか、絶対違うやろみたいな答えを言ったりして、息子は別室に逃げ、ただただ嫌な時間が流れた夜だった。

衝撃のひとこと

昨日は怒りすぎたと思って、翌日は、夜は娘の好きなフライドチキンにしようと思い、私は昼から仕込みをしていた。そして夕方、ご飯の前にお風呂に入っている時、娘がまた「今日の晩ご飯何?」と聞いてきたので、私は「フライドチキンだよ!」と言った。

すると「今日ご飯いらない」と、娘の口から信じられない言葉が飛び出した。

「え?なんで?フライドチキンなのに?もう仕込んでるよ?」ってわけのわからなくなった私は、思わず「M(娘の名前)、お母さんのご飯嫌なの?」と聞いた。

娘は「うん」と言った。

「もうお母さん嫌だ。死んでいいかな?」「お父さんと3人で好きなもん食べて暮らしなよ」「お母さんがご飯作らなかったら虐待って言われて警察捕まるんだわ」みたいなことを私は言って、とりあえず風呂を上がった。

息子は「そんなの嫌だ!」と泣いていた。娘はボーっとしていた。

風呂から上がったのが18時半くらいだったが、夫(仮)に「もう無理」「どうしたらええん?」「私のご飯嫌なんだって」「死ぬか出て行くかするわ」「あとよろしく」みたいなLINEを連投したが、終業時間は過ぎているはずだが30分経っても既読はつかなかった。

いつも相談しているカウンセラーさんも時間外だし、友達に今いきなり言ってもどうにもならないし、本当にどうしていいかわからなくなった私は、本来であれば晩ご飯を食べている時間だったが、子どもを放置して仕事部屋(自室)に閉じこもった。

その時パソコンの前にあったのが、一昨日子どもが小学校からもらってきていた画像のカードだった。

虐待ホットラインにいた

「こういう時はとにかく誰かに話さないとヤバい」――。

これまでのカウンセリングでなんとなくそのことを知っていた私は、虐待ホットラインに電話をかけた。電話に出たのは、おそらく50代とか60代くらいの女性だった。

「子どもが…食べてくれないんです…ご飯…吐くんです。もうどうしたらいいかわからないんです…」

完全に号泣会見の時の野々村議員状態で私は話していた。

電話の向こうの女性は、ひとつひとつ、娘のことや家庭のことを質問してきて、私は泣きながらその質問に答え続けていた。そして答えながらも正直「でも多分、どうせ楽しい雰囲気を作って~とか、お母さん頑張りすぎ~とか、ありきたりなことを言われるんだろうな」という思いが頭にあった。

ひと通りのことを話し、少し落ち着いてきた頃に、女性は話しはじめた。

「お母さん、これまで大変でしたよね…本当に育てにくかったでしょう」

「本当に頑張ってきたんだなっていうのがわかったし、大変な状況なのも伝わってきました」

「発達に凸凹がある子って、やっぱり本当に食事に問題を抱えていることが多くて、何が嫌とかの感覚も一人ひとり色々違ってて、療育センターの先生が言ったように、確かに原因探しをしても仕方がないところがあるのは確かなんですね」

ええ…はい…、と私は半ベソ状態で聞いていた。その時である。

「でもね、お母さん、もしかしたら違ってるかもしれないけど、こんな風に考えてみたらどうかなって私は思うんです」

「娘さんは給食の時は周りの目もあるし、頑張って食べてるのかもしれないけど、家では『食べない』っていう、ある意味好きなことをしていますよね」

「じゃあ、娘さんは好きなことをしようとしてるんだから、お母さんもお兄ちゃんと一緒に、晩ご飯の時間は自分たちが食べたいものを食べてみたらどうかしら?」

その言葉は、今まで出会った他の誰に言われたどんな言葉よりも読んで字のごとく完全に「腑に落ちた」。

あぁ、そうなんだ、そうだった。

それでいいんだ、と思った。

パンダとかコアラとか

スマホには夫(仮)の慌てた様子のLINEが来ていたが、私は女性と話を続けた。

「今は娘さんよりもお母さんをケアすることが何よりも大切」

「給食食べてるから家は超適当でいいくらいに考えているお母さんだってたくさんいるから」

「今はなんだかんだ食べてるからそんな状態だけど、本当に娘さんが食べなくなったら、その時は放っておいても周りから医療的なケアが必ず入るから大丈夫」

「この番号はよこはま子ども虐待ホットラインっていうんだけど、夜中でも必ず繋がるようになっているから、私じゃない担当者が出るかもしれないけど、また何かあったらいつでもかけてきてくださいね」

女性とはそんな話をして、多分1時間以上話して電話を切った。

パンダは笹しか食べないし、コアラはユーカリしか食べないけど生きてて、それが普通なのと同じで、娘もそんな感じなのかも、と思った。

私が「19時くらいになったら晩ご飯食べないと」「晩ご飯食べよう」って普通に思うのと同じで、娘にとっては「食べたくない」「食べたくない時は食べない」っていう選択肢がそこにあるのではないだろうか。

そうだ、娘だって好きにしてるんだから私も好きにしよう。

「娘はこのまま一生晩ご飯食べたくないものは食べない人なのかもしれないし、もう頑張って一緒に食べようとするのはやめよう」

心からそう思えた。

その後、もう20時半くらいになっていたが、私は既に仕込まれていたフライドチキンを揚げ、おにぎりを握り、息子とご飯を食べた。

食べ始めたころに焦った夫(仮)が駆けつけ、最終的に娘も夫(仮)の見守る中フライドチキンとおにぎりを食べていた。

子どもたちには「これからはお母さんとS(息子)の食べたいものを食べよう。M(娘)は食べたくなかったら食べなくていいよ。食べたいやつあったらそれだけ食べな」と言った。

息子に「ということで、明日の晩ご飯は何にする?」と聞いたら「カブの味噌汁とおにぎり」と言われた。

息子は私の作るおにぎりが好きで、カブの味噌汁も私が好きで結構作るので、ショボいメニューだけど、なんだか息子は私がこれまで作ってきた食事をずっと見てくれていたような気がして嬉しかった。

名も知らぬ神様へ

そうして、虐待ホットラインの名も知らぬ神の言葉を聞いてから今で3ヶ月以上経つ。

娘は相変わらず偏食気味で、夏休みの昼ご飯なんて毎日同じメニューだったし、未だに晩ご飯のメニューも聞いてくるけど、あれからえずいたり吐いたりというのは、減ったというよりもなくなったに等しい。

娘が食べられないものが多い日もあるけど、そこで別のものを用意するのも違うので、その日は「食べられるものないなら仕方ないね」って感じで別に用意してあげたりもしない。

これまで6年くらい娘中心の食生活や買い物をしてきたので、なかなか完全に「私や息子の好きなものだけ食べる!」っていうのはできないけど、きっと、私の「今日は吐くなよ」みたいなオーラとかは薄くなっていて、娘も少し気が楽になっているのかもしれない。

食事のことだけに限らず、神のくれた「自分も好きなようにやる」って言う言葉は、これからの子育てというか、自分の生き方にも影響を与えてくれそうな気がしている。

私はたしかに二人の子どもたちの母親ではあるけど、私という一人の人間でもあるのだ。

手のかかる子どもがいると、ついそっちに引っ張られがちだし、子どもらの将来を憂うのも当たり前だ。

でも、そんな中でも、自分を見失ってはいけないと今は強く思う。

自分を完全に理解してくれる人なんていないのもきっと当たり前で、血のつながった人ですら違う人なのも当たり前。

比べちゃいそうになることもあるけど、比べたところで目の前の現実が変わることはない。

たった数十分の出来事だったけど、虐待ホットラインの神様のあの言葉のおかげで、私の世界の見方が変わった。

この先もきっと忘れないであろう6月30日。

神様、本当にありがとう。

いつか彼女を探し出すことができたら、笑顔でお礼を言いたいと思う。

 

(本業レベルの長文になってしまい申し訳ないです。最後まで読んでくださった方ありがとうございました)